研究
気分障害分子病態学講座 窪田 美恵
研究内容
1. 双極性障害の病態に基づき、ヒト視床室傍核と気分障害の関連性を調べる研究
気分障害は、大きな社会負担となっており、中でも双極性障害は、病理学的基盤が明らかでなく、その原因を明らかにし、病態を直接治療する新規治療薬を開発することが求められています。
私たちはこれまで、双極性障害の原因解明の研究を進め、反復性うつ状態を示すモデル動物を作成しました。その原因脳部位を探索した結果、視床室傍核がその原因に関与していることを見出しました。
一方、大日本住友製薬が創薬したルラシドンは、加藤が治験調整医師を務めた国際共同臨床試験で双極性障害抑うつ状態に対する効果が検証され、2020年6月に上市されました。この薬剤はセロトニン7受容体に高い親和性を持ち、この受容体が最も高く発現している脳領域は、視床室傍核であることが報告されています。
これらのことから、大日本住友製薬との共同研究講座として、気分障害分子病態学講座が開設されました。本共同研究講座では、患者死後脳の病理学的検討やトランスクリプトーム解析などを通して、双極性障害の神経回路病態を解明し、双極性障害の病態に基づいた創薬研究を目指して行きたいと考えております。
2. 双極性障害におけるミトコンドリア機能障害の解明とミトコンドリアを標的とした新規気分安定薬の開発
双極性障害患者では、細胞質内カルシウムシグナリングの異常が報告されており、変異検索では、細胞内カルシウム濃度を制御するオルガネラである小胞体やミトコンドリアの局在タンパク質をコードする遺伝子群の異常が報告されています。我々は、細胞内カルシウムを取り込んで緩衝する役割を担うミトコンドリアに注目し、創薬研究を続けてきました。ミトコンドリア透過性遷移(mitochondrial permeability transition pore:mPTP)は、多くのタンパク質からなる複合体チャネルであり、開口と共にミトコンドリア内から細胞質へ、カルシウムだけでなく、細胞死誘導因子など障害性因子を放出します。mPTP阻害薬で虚血耐性となること、うつ様症状を示す神経変性疾患モデルマウスはmPTPの構成タンパク質であるCypDノックアウトとの掛け合わせで、症状が改善することから、中枢mPTP開口阻害は神経保護作用を持つと考えられています。我々は、多くの化合物からmPTP開口を阻害する化合物をスクリーニングし、その化合物が脳虚血後の細胞死を防ぎ、神経保護作用を示すことを見出しました。今後、モデルマウスを用いて異常行動への改善効果について検討予定です。将来的に精神神経疾患の中にミトコンドリア病態を伴う者をバイオマーカーにより見出すことができれば、こうした患者の抑うつ症状を標的とした新規治療薬として期待されます。