研究
桐野 衛二・稲見 理絵
研究の概要
精神生理学的研究:ニューロイメージング・脳波・事象関連電位などの精神生理学的手法を用いて、統合失調症・自閉症スペクトラム障害などの精神疾患の病態解明を目指しています。この数年はfunctional MRI(fMRI)・拡散テンソル画像(Diffusion Tensor Imaging: DTI)などを取り入れ、複数の手法の同時測定を行っています。fMRI・脳波・DTIの同時測定は世界でも例を見ない手法で、包括的な精神疾患病態モデルの確立を目指しています。特に、fMRIにDTIを組み合わせることによって、fMRIで得られたネットワークモデルにDTIによる解剖学的な視点を付加することが可能となります。また複数の計測モダリティを組み合わせる場合、データを統合的に解釈するには同時計測が理想的です。fMRI・脳波・DTIの同時測定はそれぞれのニューロイメージング手法の持つ利点を最大に生かせる組み合わせと考えられます。また近年、DTIより新たな拡散MRI解析手法が数多く提案され従来のDTIの限界を乗り越えるべく、diffusional kurtosis imaging(DKI)、Neurite Orientation Dispersion and Density Imaging(NODDI)など新たな拡散MRIの解析法が提案されています。DTIに関しては拡散MRIの世界的権威であり、日本の第一人者である本学放射線診断科青木茂樹教授の支援を受けて新しい撮像法を積極的に取り入れています。また脳波に関しては世界で汎用されている脳波解析ソフトLORETA (low resolution brain electromagnetic tomography analysis) の創始者であるThe KEY Institute for Brain-Mind Research, Zurich大学のRoberto D. Pascual-Marqui教授との連携体制を取っており、方法論的支援を常時受けられます。またfMRIのデータ解析は上智大学理工学部情報理工学科 田中昌司教授と共同で行っています。
研究内容
1. fMRI 脳波 拡散MRI同時計測による統合失調症connectivityの検討(科研費課題番号19K08026)
研究の概要で述べたように、fMRI・脳波に拡散MRIとしてDKI・NODDIを加え、統合した包括的な統合失調症のFunctional Connectivity (FC)異常病態モデル確立を試みています。
統合失調症の病態にFCの異常が大きく関わっていることが報告されていますが、一定の見解は得られていません。機能解明が進みつつある脳内ネットワークの一つであるdefault mode network (DMN)に関しても、統合失調症に関する見解は一定ではありません。また統合失調症の病態はDMNなどの個々のネットワークの障害のみでは説明困難でもあり、ネットワーク間の相互制御の障害も解明される必要があります。
これまでのわれわれの検討では、統合失調症では尾状核を起点とするFCにおいて抑制が欠如しており、補足運動野(supplementary motor area: SMA)を起点としたネットワークにおいては、亢進(SMA-皮質内)または減弱(SMA-被殻)を認め、皮質-基底核ネットワークの機能不全を、SMAを含む皮質内ネットワークが代償していることが示唆されています。この所見は統合失調症においてネットワーク間の相互制御に障害があることを示すと考えています。
2. 成人自閉症スペクトラム障害患者におけるfunctional connectivityのrs-fMRIおよびDKI を用いた検討
自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder: ASD)ではFC異常が、自己像および自己-他者関係の認識や社会認知の障害と関連を持つことが示されています。我々は安静時機能的MRI(resting state functional MRI: rs-fMRI)を用いて、ASDのFCの検討を行っています。ASDの病因として、神経発達障害に基づく「神経接続」の異常が提案され、半球間連絡線維である脳梁低形成との関連も示唆されています。これらの異常を検出すべくDTIを用いた検討が行われてきましたが、その結果に一貫性はなく、病態解明には至っていません。そこで我々はDTIより鋭敏に神経発達障害や病理変化の検出が可能である、水分子拡散の正規分布を仮定しないDKIやNODDIなど新たな拡散MRIの解析法を用いて、ASDの白質微細構造評価を行っています。DKIとrs-fMRIの組み合わせは他に例を見ないアプローチと言えます。これまでに得られた結果として図に示したように、DKIとrs-fMRIの有意な相関が得られており、この所見はASDにおける皮質間のFC異常は脳梁の微細構造異常によるものであることを示唆するものと考えます。
3. At-Risk Mental Stateの予後予測におけるFunctional Connectivity計測の援用可能性の研究
At-Risk Mental State (ARMS)は統合失調症発症の前駆段階とされ、その後診断基準を満たすレベルの統合失調症を発症するconverterと発症しないnon-converterでは脳機能および形態に差があると言われています。研究テーマ1と同様にfMRI・DTI・脳波を統合してARMS患者におけるFCを縦断的に検討します。converterとnon-converter間の脳の機能的または形態学的な差を明らかにすることで、予後予測に援用可能となり薬物療法および非薬物療法を含めた適切な早期介入が可能となることが期待されます。
ネットワーク間の相互制御の異常は精神疾患の表現型に大きく関与しています。広範なネットワーク間の分離は思春期の発達段階で完成し、ネットワーク間の分離不全が統合失調症患者やその家族において報告されています。統合失調症患者におけるネットワーク間分離不全は実行機能や認知機能の障害と深い関連があり、ネットワークの発達不全を反映し、神経発達障害仮説を支持しています(ネットワーク間分離不全仮説)。ARMS段階のFC異常を評価することは統合失調症の発症のメカニズムを明らかにすることに寄与するものと考えます。